2014年6月18日水曜日

八郎沼公園

宿のご主人の「何でここに来たのかい」という問いから始まって、朝ご飯をいただきながら、あれこれおしゃべりするうちに、曾祖父・長八郎さんの話になる。

「四番目の子どもであった祖父が、おそらくは、お妾さんか恋人だった女性なのでしょうか、そのあたり、母の話はあいまいなのですが……のところに養子に出されたり、そこでいびられて、祖母と駆け落ち同然で結婚したり、と色々フクザツなことがあったようなのですが、わたしは、八郎沼公園の八郎さんのひ孫にあたるそうです」

「ああ、じゃあ郷土資料館に行けば、ひいおじいさんのことが詳しく分かるから行ってご覧。すぐそこ、大野小学校の横に建ってる古い建物だから」

お別れしたその足で訪ねてみると、向野(旧・大野)ゆかりの人物紹介のコーナーに長八郎さんの顔を発見。

開拓使を退職後この辺りで酪農を始めた愛媛出身の山田致人という人が、牛に水を飲ませるため池を堀り、後に水田用水としても利用した。そこの所有が郵便事業はじめ様々な起業をして活躍していたひいひいじいさんの中村長兵衛さんに移ると、管理を任されたのがひいじいさんの長八郎。大正時代に長八郎さんがこの池(沼)を養鯉場にして鯉料理で儲けようとしたのだけど、志半ばで、昭和6年(老母が生まれる前年)に亡くなり、それから、名前にちなんで「八郎沼」と呼ばれるようになった。昭和50年ころから整備されて、今は「八郎沼公園」として市民憩いの場になっている。長八郎さんは造り酒屋もやっていて地酒の名前は「大野川」。これも長八郎さんの死後途絶えて今はない、……というお話。ほうほうほう。

そのあと、函館に仕事で5年いたという古い友人がFacebookで教えてくれたアイスクリーム屋さんに行って見たが、時刻が早すぎてまだ開店前。しょんぼりしてしばらく歩いていると、渡りに船、という感じで金物屋さんが現れた。すっかり忘れていたけれど、草刈りにトライしようという元気がわき上がり、軍手と自治体指定のゴミ袋(品目ごとに色別になっていて分かりやすい)、そして鎌を購入。

場所に向かう道すがら、思いつき、種苗園で除草剤も購入。

しかし……刈れども刈れども先が見えない。しゃがんだ自分に立ちはだかる草が海に見えて来た。しけの大海原に浮かぶボートから水をかき出している気分。開始15分でさじを投げ、せめてお隣や公道を越えて迷惑がかからないように、と辺に沿って除草剤を蒔きはじめるも、それも2辺で一箱使い切り途中でリタイア。

「ずっと、いつも、すみません。所有者の娘です。早く何とか役立てていただける場所にしようと思っていますので、よろしくお願いします」とお隣さんにご挨拶出来たのだけが幸いだった。

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