今日で私の50歳の誕生日。すごいもんだ、みなさんのおかげだ、とさすがにしみじみ感心する。誕生日の日中は「逃亡」と称して、行き先を言わずにフラッと外出して帰って来るのがここ数年の恒例。今年は逗子の海をみて、弁当を食べて、砂をほじくって貝やガラス片を拾って、帰って来たのだが、夕方から楽しみな取材のアポを取っていた。
自由が丘には、バス会社が運営する路線バスのほかに「サンクスネイチャーバス」という廃油で運転される、知る人ぞ知る私営バスがある。
場所をどんな場所にするか、沢山の人に会って意見を聞いて来たが、小山内さんのお話を聞いてから(その時、娘と一緒に行動してから)「グループホームと名がついただけでは住居にはなり得ない、しょせん小さな施設だ」という考えをはっきり認め、向き合えるようになった。特別な施設として孤立せず、ありふれた住居となるための装置・仕掛けが絶対に必要なのだ。その装置・仕掛けはグループホームの中に設けるものだろうか、否、その場所の外、つまり、環境、地域に設けるものだ。
どんな装置・仕掛けがあるだろう。例えば、横川由紀さんたちの、D.I.Y.はすごくいい仕掛けだ。はこだての家・日吉の、住人にも地域の人にも開かれた食堂も、効果的な装置だ。では、あそこにとてもいいアイデアは?……。
そうやって、装置・仕掛けのことを考え出して、あの地域のことを思うようになり、最初に浮かんだ装置が、「コミュニティバス」だった。(私は自分が車の免許を持っていないので実感をともなって分かるのだけど)徒歩圏と言われる小さな範囲で、乗り降り自由なバスさえあれば、どんなに高齢になっても、家族に頼ることなく、好きなタイミングで買い出しとか日課とか、日常の用事を足せる。ご近所さんを訪ねることができる。また、足のかわりとしてのバスは、日々の知り合いを作る場にもなる。
それに、ここ数年、ブラブラする「街あるき」という観光が流行っているし、TV番組もこればかりは面白い。新幹線の新駅が出来て、温泉施設や観光農家やキャンプ場、八郎沼公園など近隣の人が訪れる小さな観光スポットに恵まれた大野地区での、よそから来たひとの観光は「街あるき」がもってこいだ。隣の函館とはまったく違った方法での観光が楽しめる。こういうとき「コミュニティバス」はもってこいだ。
そこで、自由が丘で、少し街のはずれの方にある商店やスポーツ施設のオーナーが出資しあって(出資者のところにバス停を設けるというシンプルなアイデアで)、バスを運営しているというユニークな、そして何より、私にとってなじみのある街のコミュニティバスを運営している「サンクスネイチャーバスを走らす会」に取材を申し込んだところ、今日、お会いすることになったのだ。
(続く)
2014年12月26日金曜日
2014年12月20日土曜日
誰ひとり拒まないという覚悟・態度
ついに昨日、道南福祉ねっとさんのTOMOハウス(喫茶店)を訪ねた!
今回は、図々しくも、前回相談に乗っていただいた「はこだての家・日吉」のゲストルームに泊めていただいた。朝夕ご飯は食堂で食べられるし、料金は申し訳ないほど安いし、バリアフリーなので、私がもし車いすユーザーだとしても安心だ。札幌の「アンビシャス」を思い出しながら、「こういう気軽に使えるゲストルームって、いいな」と実感。
作ろうとする場所にもぜひひと部屋欲しいなあ、と思う。障害のあるひとの(障害者サービスの)「自立生活体験ルーム」としてでもいいけれど、障害のあるなしにこだわらない部屋にすれば、小山内さんもおっしゃっていた「結局は孤立した施設」にならないための風穴、仕掛けにもなりうるし、とまた思いが、広がりとっ散らかる。
一昨日夕方に空港に着く。雪は思ったより積もっていないみたい。3年前からのつきあいになる変形股関節症のため、痛みが酷いとき、ときどき活躍しているポール(スキーのストックみたいなヤツ。ノルディックスキー用)を持って来たから大丈夫。突然の連絡にも関わらず、北林さんがタクシーを回してくれ再会、「はこだての家・日吉」に送って下さる。日吉で対応してくださったスタッフの方も、北林さんも上磯在住ということで、地域活動のことでお話が盛り上がる。自分を介して、人と人とがつながるのって、とても嬉しい。
TOMOハウスの場所をググると、JR七飯駅から徒歩10分以内。今日は、北斗市の場所に寄って墓前で祖母に状況を報告してから、路線バスで新幹線新駅を建設中の渡島大野駅に行くルート。七飯駅はその隣駅だ。タクシーは不要そう。晴れているので迷わず最寄りの路面電車の駅までポールをつきつき歩き、出発。
新幹線新駅の内装はかなり出来上がっていた。でもまた渡島大野駅は残って稼働している。ホームから、途中まで延びた作りかけの新駅のホームが見える。
TOMOハウスに着くと、トーキングエイド(文字入力・音声読み上げ装置)を膝の上に置き車いすを使っている四村さんが出迎えて下さった。実は、こんなにそっくり息子と同じ状況のひとに出会ったのは初めてで驚いてしまった。息子は小五で手に入れたiPadのアプリとしてトーキングエイドが使えるようになって以来、おしゃべり(会話)ができるようになり、また中学校にあがってからは、学校に持ち込みが許可されたことも手伝い、本当におしゃべりになった。四村さんも、かなりマシンガントークのかたのようだ。
対応してくださった高橋さんも見え、しばらくお話していると、理事長の成田さんがさっそうと登場された。あいさつのあと、最初におっしゃられた言葉が
「あの、シバタさん、でしょ? パブコメの」、である。
文科省にあてたパブコメを読んで下さったと言う。すっかり忘れていたのだけど、数年前に、患者会の連絡会から声をかけていただき、特別支援教育に関するパブコメを書いたものが、たしかに文科省のホームページに掲載されていた。しかし当の文科省の人以外に、いやその人たちだってちゃんと読んでくれたかどうか怪しい(失礼!)ような、そんな世界の果てにひっそりと存在するテキストを、このかたは読んだとおっしゃる。もともとは、教員だったかた。
そのあとは「インクルージョン」についての組織の理念から、ご自身の熱い思い、そして、現在の福祉業界の状況、教員だったころの取り組みなど、語って下さった。ただただ共感を持って感服するばかり。途中で「しまった!メモも音も録ってない」とインタビュー記事にできないことを悔やんだ。時間を巻き戻したいと思った、それほど、魅力的なお話だった。なにより「誰ひとり拒まないという覚悟・態度」ですべてを運営するというこの道南福祉ねっとの心意気は「インクルージョン」そのものだ。
ぜひ、土地をもらって活用して下さいませんか。……と申し出ると「いや、柴田さんの思いを実現する運営主体の団体、NPOなりを立ち上げてご自分でやったほうがいい。同じ志を持つかたですから相談は嬉しいことだし、協力します。協力するというだけでなく、丁度、社会福祉法人の改正の動きがあり、その中で、法人は公益事業などほかの小さな団体の活動を手助けすることを奨励されるようになるので、協働もできるはずです」とアドバイスを受けた。
その後は、高橋さん・四村さんと一緒に、札幌の全国集会で登壇されていた、場所から徒歩5分の大野農業高校の山下先生をたずねて構想を説明し、学校ともなにか協力したいと申し出る。まだ雲を掴むような話なのに、また、試験中のお忙しい時期なのに、丁寧に聞いて下さり、ボランティアの部活や、生活科で介護を学ぶ生徒もいるので、関われるかも知れない、というお返事をいただいた。
こうしてアイデアを分かち合い、行動できたのは初めて。責任もどっかり重くなってしまったけど、それにしてもこの、心強さ。こうなってしまったからには、絶対に形にする、最大限役立つ形で。
楽しみだ、大変だ、楽しみだ、……。
今回は、図々しくも、前回相談に乗っていただいた「はこだての家・日吉」のゲストルームに泊めていただいた。朝夕ご飯は食堂で食べられるし、料金は申し訳ないほど安いし、バリアフリーなので、私がもし車いすユーザーだとしても安心だ。札幌の「アンビシャス」を思い出しながら、「こういう気軽に使えるゲストルームって、いいな」と実感。
作ろうとする場所にもぜひひと部屋欲しいなあ、と思う。障害のあるひとの(障害者サービスの)「自立生活体験ルーム」としてでもいいけれど、障害のあるなしにこだわらない部屋にすれば、小山内さんもおっしゃっていた「結局は孤立した施設」にならないための風穴、仕掛けにもなりうるし、とまた思いが、広がりとっ散らかる。
一昨日夕方に空港に着く。雪は思ったより積もっていないみたい。3年前からのつきあいになる変形股関節症のため、痛みが酷いとき、ときどき活躍しているポール(スキーのストックみたいなヤツ。ノルディックスキー用)を持って来たから大丈夫。突然の連絡にも関わらず、北林さんがタクシーを回してくれ再会、「はこだての家・日吉」に送って下さる。日吉で対応してくださったスタッフの方も、北林さんも上磯在住ということで、地域活動のことでお話が盛り上がる。自分を介して、人と人とがつながるのって、とても嬉しい。
TOMOハウスの場所をググると、JR七飯駅から徒歩10分以内。今日は、北斗市の場所に寄って墓前で祖母に状況を報告してから、路線バスで新幹線新駅を建設中の渡島大野駅に行くルート。七飯駅はその隣駅だ。タクシーは不要そう。晴れているので迷わず最寄りの路面電車の駅までポールをつきつき歩き、出発。
新幹線新駅の内装はかなり出来上がっていた。でもまた渡島大野駅は残って稼働している。ホームから、途中まで延びた作りかけの新駅のホームが見える。
TOMOハウスに着くと、トーキングエイド(文字入力・音声読み上げ装置)を膝の上に置き車いすを使っている四村さんが出迎えて下さった。実は、こんなにそっくり息子と同じ状況のひとに出会ったのは初めてで驚いてしまった。息子は小五で手に入れたiPadのアプリとしてトーキングエイドが使えるようになって以来、おしゃべり(会話)ができるようになり、また中学校にあがってからは、学校に持ち込みが許可されたことも手伝い、本当におしゃべりになった。四村さんも、かなりマシンガントークのかたのようだ。
対応してくださった高橋さんも見え、しばらくお話していると、理事長の成田さんがさっそうと登場された。あいさつのあと、最初におっしゃられた言葉が
「あの、シバタさん、でしょ? パブコメの」、である。
文科省にあてたパブコメを読んで下さったと言う。すっかり忘れていたのだけど、数年前に、患者会の連絡会から声をかけていただき、特別支援教育に関するパブコメを書いたものが、たしかに文科省のホームページに掲載されていた。しかし当の文科省の人以外に、いやその人たちだってちゃんと読んでくれたかどうか怪しい(失礼!)ような、そんな世界の果てにひっそりと存在するテキストを、このかたは読んだとおっしゃる。もともとは、教員だったかた。
そのあとは「インクルージョン」についての組織の理念から、ご自身の熱い思い、そして、現在の福祉業界の状況、教員だったころの取り組みなど、語って下さった。ただただ共感を持って感服するばかり。途中で「しまった!メモも音も録ってない」とインタビュー記事にできないことを悔やんだ。時間を巻き戻したいと思った、それほど、魅力的なお話だった。なにより「誰ひとり拒まないという覚悟・態度」ですべてを運営するというこの道南福祉ねっとの心意気は「インクルージョン」そのものだ。
ぜひ、土地をもらって活用して下さいませんか。……と申し出ると「いや、柴田さんの思いを実現する運営主体の団体、NPOなりを立ち上げてご自分でやったほうがいい。同じ志を持つかたですから相談は嬉しいことだし、協力します。協力するというだけでなく、丁度、社会福祉法人の改正の動きがあり、その中で、法人は公益事業などほかの小さな団体の活動を手助けすることを奨励されるようになるので、協働もできるはずです」とアドバイスを受けた。
その後は、高橋さん・四村さんと一緒に、札幌の全国集会で登壇されていた、場所から徒歩5分の大野農業高校の山下先生をたずねて構想を説明し、学校ともなにか協力したいと申し出る。まだ雲を掴むような話なのに、また、試験中のお忙しい時期なのに、丁寧に聞いて下さり、ボランティアの部活や、生活科で介護を学ぶ生徒もいるので、関われるかも知れない、というお返事をいただいた。
こうしてアイデアを分かち合い、行動できたのは初めて。責任もどっかり重くなってしまったけど、それにしてもこの、心強さ。こうなってしまったからには、絶対に形にする、最大限役立つ形で。
楽しみだ、大変だ、楽しみだ、……。
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