泣くなんて思ってなかった。まるで動物の死骸みたいだった。
祖父が管理していたここ一帯の土地の多くを託された今は札幌に住む大伯母と従姉妹夫婦。お連れ合いに相談すると、一度も面識がないにも関わらず、気にかけてくれていて親切にも現地に出向いてくれるというので、それを頼って、朝8時半に待ち合わせ。Googleマップのおかげで、夏休み限定の訪問者でしかも35年ぶりという処でも、住所さえ知っておけば、車の免許がなくてもタクシーが好きでなくても、怖れず現地集合できる。
「大野川だ」
長期に家を空ける仕事である船乗りの父と東京都新宿区で所帯を持った助産師の母は、兄を生むときは栃木県の父の実家に、私を生むときは自分の実家であるここで里帰り出産をした。母は幼い子と赤ん坊をひとり都会で育てることは無理だと気づいて長逗留に作戦変更し、私は三歳くらいまでここで育ったそうだ。小学校を卒業したころーー祖父母が相次いで亡くなった年までは、毎年夏休みは決まって、母に連れられて、この辺りにあった祖父母の家(=母の生家)に来ては、従姉妹や再従兄弟たちと、この川で毎日、水浸しのどろんこになって遊んだ。記憶より立派で勢いがある印象。
無事に従姉妹のお連れ合いと落ち合い「ここですよ」と示された場所を見て絶句。雑草どころか雑木に呑み込まれている古家。近づけない。ただ場所のど真ん中に生えている巨木だけが「人間に飼われなくても結構。ここは生き続けている土地だ」と堂々とした口調でもって語りかけてくれるようで、死骸のような古家から目を背け、すがるように巨木一点ばかりを見上げながら「うわー、うわー、えー」とうめきが止まらなかった。
3年後に、ついに青函トンネルを通って北海道に新幹線が上陸するそうで、この場所の在来線の最寄りである渡島(おしま)大野駅が、新駅として生まれ変わるという。「車なら7 〜8分。せっかくだから見てお行きなさい」と車で案内してもらいながら、気がついたら思いつきながら、そのままそれを打ち明け始める。
「ウチ、二人の障害のある子に恵まれて。その障害は重いとか複数に渡って、とか言われるもので。二人のおかげで沢山の出会いと発見の連続人生なわけなんですが」
「重い障害のある人は、良質な収容施設に行くのが幸せなゴールと未だに決めつけられていて、それ以外の道を……普通の住まいで普通の暮らしをしようとすると、もう、それは大変で」
「娘ももうすぐ17歳で人ごとじゃないんですよねえ」
「中学卒業後に色々通よう処を物色した時点で、連れ合いと出した結論は、施設である限りいい施設なんかない、いい戦争がないのと一緒だってこと。そうは言ってはみたものの、じゃあ明日どうかなったらどうすんの、って話で止まってしまって」
「あと、ちょうど“ホームレス障害者”という本を読んで、それまで何でか分からないけどもしかして、と思っていたことが本当で、路上生活をしている方々の多くが障害のある方だと知って」
「ふと思いついたんですが、あそこにグループホームを作ったらどうかな。路上生活の方も、障害のある人だと認定されるまで対応できるような。認定されれば少なくとも障害のある人のためのサービスは使えるわけだし。どうでしょう。需要はあると思いますか」……。
従姉妹のお連れ合いは、ただただ辛抱強く話を聴いてくれたあと、もうすぐ巣立ちの時期を迎えるわが子の行く末を心配する私の親としての純情という点を十分に感じ取ってくれ「お嬢さんや息子さんの住まいとして残す、というのもありだと思いますよ。この辺り、道南は積雪も北海道にしては少なく、年間を通して過ごしやすいし」とアドバイスをくれた。
新幹線の新駅になる一帯は、再開発のためにのっぺらぼうにされていて人気なし。重機がポツリポツリと置かれている。
再び場所に送ってもらいお別れする。バスを降りた北斗市役所分庁舎の辺りで見かけた小さなスーパーで供花や線香を仕入れて、法亀寺に戻って祖父母と先祖のお墓を参っていると、さっきは気がつかなかったいい匂いが。つられて歩いて行くと寺の裏に小さなベーカリーを発見。丁度お昼どきだ。美味しそうなエピやらコロッケパンやら買い込んで場所に戻ると、雑木をボキボキ素手でなぎ倒して何とかたどり着いた古家の縁側に腰掛けほうばる。お腹が満たされたとたん、ビックリするくらい、ボタボタボタと涙が出て来た。まるでこんなの主人を失った動物の死骸だ。ニュースで聞いた飛散し続ける放射能のせいで住めなくなった土地に置き去りにされた家畜のことも頭を巡る。
同時にここに住んでいたご家族(長年、この土地を借り住んでいた方)のこの場所、この古家に注いで来た愛情やかけがえのない物語の存在も、朽ちて落ちかかっている雨樋や家屋に食い込んだ草などを確認すればするほどハッキリと感じられる。どうしようもなくすっかりここが好きになってしまった。
「飢えて死のうとしているのにお金がないと目の前の食べ物を口にできないのと同じ、住む所を追われる人がいる一方で主人を失って屍をさらされている場所があるって絶対変でしょ。その気持ちがどうしても放っておけなくなった」。
「小さな事でもできるチャンスをもらった気がするから動こうと思う。何か変な方向に行くようだったら、さりげなく止めてね」。……
お墓参りの時に祖父母にお願いした。
早朝、飛行機に飛び乗って、函館空港からシャトルバス、そして函館駅で路線バス。現地を訪れてれから函館へ向かう路線バスも、現地の不動産屋に相談した後のローカル線も、昔、大伯母が案内してくれた函館山の夜景を観に夜ラーメンを食べてから乗り込んだバスも、何の下調べもせず、本数が限られているのにウソみたいにスイスイスイスイ、つながった。
「きっとこれは祖父母のGOサインだと思う。ちょっと何とかしようと思うけどいいよね?」。
帰ってから“場所の持ち主”である母に言った。「いい、いい。任せる」と二つ返事だった。
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